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異端であることの断固たる誓い

--福沢祐巳から小笠原祥子への手紙。

「キリスト者とクリスチャンは同義ではないことの可能性について考えた祐巳」



 お姉さま、私、何が正しいか分からず、迷い、戸惑い、困惑し、ただ路頭をさまよっています。大学に野良猫がいっぱいいることはお姉さまもご存知ですよね。私、野良猫をみると、「あ、私だ」って思うんです。一緒に歩いていた由乃さんは、そんな私にこう言いました。

「野良猫は何の不満抱かずに餓死して、車に轢かれて死んでいくわよね。それでも本当に、何の不満もないような顔で私たちを見てくるわ。祐巳さん、祐巳さんにそれができるかしら?」

 私は由乃さんの問いに首を横に振りました。私にはおそらく不可能です、と。でも、私は本当はそう言いたかったんじゃないんです。お姉さまなら、私がそんな傲慢なことを考えて、猫と私を同一視したんじゃないってこと、お分かりになってくれますよね。
 私はただ、誰に就くべきか迷っているのです。そして同時に、誰にも就いてはならないと固く信じているのです。しかし、私は今、誰に就くべきか岐路に立たされているのです。
 お姉さま、お姉さまは以前、大学に入学したばかりの私に、こんなことを仰ってくれましたね。

「あなたの立場はあなたの発言によって決定されるのよ。そして自らの思想的・政治的・学問的立場を限定してしまうことの恐ろしさを、あなたもそのうち理解するわ」

 私は確かに、今恐ろしい状況に立っています。そして同時に、この世に真理なし、という真理を放棄することの恐ろしさを感じています。お姉さま、確かに、私もお姉さまのように、誰か心を許せる人間と二人だけで、密室で、腹蔵なくお話したい気分です。たとえそれによって自分の約束された未来が破滅しようとも、私はただ、誰かに私の思うさまを告白したくてなりません。
 お姉さまも、おそらく、私とお話したあのとき、破滅を予測されていたんでしょうね。私が誰かにあのことを話し、そしてそれがめぐりにめぐって、小笠原の人間としての大学での権威が……今まで築き上げてきた教派を超えたキリスト教人脈が否定されるであろうことを。

 お姉さま、私もここに告白いたします。そしてお姉さま、出来うるならばお姉さま。お姉さま、どうかこのことを私の周囲に言いふらしてください。私をどうか退学に追い込んでください。それによって、私は本当の意味で、キリスト者の完全を追求できるように思えてならないのです。

 お姉さま、つまり、私はおそらく異端です。人間を信じることができません。聖書研究会の人たちを信じることができません。お姉さまの良き同輩や先輩や後輩の方々を信じることができません。なぜならば、あの人たちはお姉さま以上に……無為だからです。

 お姉さま、どうかお願いいたします。聖書研究会の人たちのことを、私があざ笑っていたことをどうか彼らにお伝えください。あの日……私の歓迎会でのまったく取るに足らない先輩方の講釈、ありがとうございました、と。おかげで私は、やはり私はお姉さまに就くしかないのです。同時に、それは大学でのお姉さまの否定でもあり、私と付き合っていく以上、お姉さまの退路は断たれます。

 それでもよろしければ、私はお姉さま、お姉さまとだけ今後信仰を告白していくことをお許しください。私はキリスト者ですが、クリスチャンではありません。洗礼をまだ受けていませんし、ただキリスト的愛を信じるのみです。それが私の異端たるゆえんだと……私は思うのです、お姉さま。
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